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エナカのかなで

アイアム35歳。お年頃な自分と世界の観察日記。失敗日記。

委ねる 、まかせる、大いなる勘違い。

人生もっとうまくいかんかな〜と思い本など眺めて


よく目にしたフレーズとして


リラックス。

委ねよう。まかせよう。


ってあって、きっとこの技(?)を取得したらいいことが!と、私はこれに非常に真面目に取り組んでいた。


しかし全然に楽にならず、


ゆる〜いコトバのイメージとは逆に


リラックスを強いてキンチョーし、


委ねようって試み、相手にまかせてた結果、自分の思いと全く違う展開に


ぶつけようのないモヤモヤを抱いていた。


いずれは上手くいくんじゃ?と忍耐強く


リラックス!委ねよう。

任せるぞ!ふんぬー!


スピ修行中も、実生活でもこの2つのコトバを頭で繰り返していた。


先生や教えや考え方に対して感じてる違和感も無視して邁進し、


苦しみ、モヤモヤMAXになり


スピ修行から大脱出を図り、


「今やめたらヤバイよ、色々元にもどってヒドくなっちゃうかもよ」という先生の雰囲気や、自分の内側のおどしをふっきって


イヤなもんはイヤ!どうなってもいいんじゃい!とヤケになり、


なんと久しぶりに心身のリラックスを感じた。


リラックスは起きる現象、


委ねるのは、自分の選んだ事の結果とか自分のコントロールできないものに対しなのかも、、


と我が身をもって勘違いに気づき脱力した。


言葉のイメージって紙一重だ。


力任せにリラックスをコントロールしようとした、わたしのバカ真面目さよ。


頭でっかちはあかん。


もうちっと心身の声聞こうか。


そう思った。
















1人好きの自分を許す!

条件じゃ、自分も世界も動かないことを身をもって知った私。


思えば都合よろしくない私を今までなかったことにしたり、


見ないふりしたり


ウソついてごまかしたりしてるものよの〜。


社会生活を何気なくしてるとごまかしたり、隠したりしてること沢山あるよなと感じる。


例えば、飲み会とか?


私はないなら全然なしでいい。


っていうか、ないと嬉しい(゚∀゚)キラっ


お昼も誘われなかったら、ほっとする。


1人で情報処理する時間がほしいんだす。


1人で感情整えたいんです。


とりとめない会話とかも嫌じゃないけど、長時間はムリヘヨ。


映画もほんとに見たい映画は、1人で見て


感想をじっくり考えたり、余韻に浸りたい。


先々の約束をしようとすると息苦しくなる。

 

たまにドタキャンされると、ラッキ〜と思うときが結構ある、笑


でも、そんな自分がバレるのは、ヤバい!と思っており


変なのかな?と思ったりしたけど、


明らかに性に合わないゴーゴースピ修行を経て、自分を棚卸していたら


内向型、エンパスとか性質について行き当たった。


ほほー、自分に、この傾向あるわ!と合点がいき、


こーゆー性分なのね、とあきらめと同時に自分につけてた✖️についても考えが変わっていった。


社会にとって都合のよい自分


周りにとって都合のよい自分


自分にとって都合のよい自分


を求めてあがいたけど、


気にくわない性分でも


自分の中にあるものは、ある。


都合悪いと思ってる所を認め、活かす道を行こうじゃないか。


話は飛ぶようだけど、


1人が好きだけど、人は全く必要ないわけじゃない。


当たり前だけど、楽で都合よくあってほしいもんだから、


自分がさみしいのに、ひとりを強要しちゃう自分に気をつけよう。


悩むのは、行きたい方向があるから。


悲しいのは、嬉しいと感じれる自分がいるから。


1人好きの自分を許して、共感できる何かや誰かに出会いたい。





ジブンが許されへん?

願望成就に、炎をもやし、なんだか自分や周りを燃やしてしまった私。


なんで、こんなことをなっちまったのか?


しばし振り返りたい。


失恋の痛手のとき、


もー絶対世界の方がおかしい!怒


と思うと同時に


失恋する前から


いや物心ついたときから


『何か自分が悪いところがあったんじゃない?』


という見方で自分を責めていた。


『世界がおかしいカラ〜!』


『いや私が至らんカラ〜!』


の思考で、心はピーんっと引っ張られ、


傷つけた世界を嫌い、


傷ついてる自分を嫌った。


しかし傷ついたままの自分は許せない。


そんで無力感は生まれ


何か挽回しなきゃ!


どうしたらいい?と考えて、


急ぎで作りあげたのが、


スピ修行前に掲げた願いだった。


願望成就目指して邁進してるはずが


気づくと義務感と新たな拒否感にがんじがらめになっており


全然進んだ気もしなくて、枯渇感におっかしいなーと悶えた。


何故に?!と焦る気持ちのままに


モーレツなスピ修行の日々。


自分でつけた✖︎と


世界につけられたように感じたでっかい✖︎


私が頭で作った願いは、願いじゃなくて、「もう✖︎つきたくない」という気持ちから生まれたまがい物で


ジブン⇨叶えられるんだったら、許す。


セカイ⇨叶えてくれるんだったら、許す。


自分と世界を許すための交換条件だった。


途中、先生に怒られないこと、先生に評価されることが目的になってしまって本末転倒になったのは、


傷つきたくない方が本音だったから、防御反応が作動したのだった。


…ジブンもセカイも、どうやら条件じゃ動かないらしい。


火だるまになって学び、少し正気を取り戻した私であった。


そして、なんか根本から違うのかも?と言葉にならない感覚から

自分を知っていく流れへ徐々に移行していくのだった。




認めるまでのディスタンス

半年間のスピ修行で


身を削り、


ハッピーになるつもりが、


ハテナだらけになったわたし。


引くに引けない願いを


しぶとくぶら下げて、


なんで叶わないのか?ーツラい。


の間を行ったり来たりしていた。


実はレッスン終えた当初は『わたしにつながっとくと良い』というセリフと、


先生号令のもと、何回かあったセミナーの仲間とのグループが作られていたのもあり、


フェースブックやラインで先生、仲間とつながっていた。


礼儀としてお互いの記事をみたらグットボタンとなっていたけど


内心疲れていたわたしは


皆んなのアップの通知が来るたびドキドキし、爆

通知がこないようにする

フェースブックのグループの内容だけ、たまにエイや!とみて、いやじゃない内容だけグットボタン。

先生とつながったラインはこっそり抜けられないから保留。


などしてやり過ごしていた。


(おー文章で書くと

かなり恐れや義務感でこんがらがってるのがわかる、、)


そのセミナーで1人キューソクに仲良くなった女の子がいて、


タイプは違えど、同世代で長女気質、また恋愛では同じような境遇で話は盛り上がり、一緒に出かけたり、遊んだりしていた。


レッスン開始した時期も一緒ぐらいで、先生の振る舞いや考え方すごいよね!恋愛は、、成功してる人は、、


と色々分析したり現状報告を楽しんでいた。


スピ修行を終えてからも会ったりしていたのだが、


もともと自分のペースを保つのに距離感が必要な私が、何となく、その同じ教えを共有してるだけあって


教えにそぐわない振る舞いをしないように無意識にも気をつけていた。


繰り返し会ったりする中、悩みを先に共有し、心理的距離が短期間で急に近くなったアンバランス感➕だんだん、いつもおんなじ話(憧れの夢、恋愛のこと、どーしてダメなのか、どーしたら成功するのか)していることや自分の振る舞いがダルくなってきた、爆


自分の願いはナゼに叶わないのか?ーツライのエンドレスモンモンの中、


掲げていたお金の目標はビクともせず、


叶う気配もなしで、


イライラも高まっていた(ジリジリ)


その友達とも会ってお茶するのでお腹いっぱいで財布はギリギリの中


色々誘わて、なんか断る格好悪さや後ろめたさも重なっていたときに、


その女の子に何気ないタイミングで『これ買おうと思ってるんだ〜♪』と自分も欲しいな〜と思っていたものに対して言われたその時


私の中の何かがはじける。(おっ)


ずっと借りていた本を返さなきゃと思っていたので、


最後に会って本を返す?と自分と相談したが


いや!もうムリ!という声が聞こえ、


ごめんねーと、ウソスマイリー自分がつらいのと、わたしはマイペースでいきたいでござると自分の思いしたためた手紙と一緒に本を郵送し最後とした。


余裕が一欠片もなくてね…!


我ながらヒドイ。


一時期は本当に慰められ、癒された友達で、あたしの劣等感や積もり積もった色々が爆発してもうたのだった。


けど、このときが


ウソくさいって思ってる振る舞い


ウソくさい自分


もー従ってる風は嫌なんだー!って


久しぶりに自分のホントの声が勝った瞬間だった。


ラインは変え、フェースブックもしばらくしてから、丸ごと、ドキドキしながらやめたら、


なんか、、ちょっとスッキリ!


ダダ漏れだったエネルギーが少し蘇った気がした。


★先生や他の関わった人にどう思われるだろうか?


★もっとガンバって徹底すれば、いいことあるかな?


★恋に破れ夢に破れ、あぁ願いにも破れるのか〜っ?!


などの想念を振り切り


やっぱりイヤなもんはイヤじゃい」


このことを認めるのに、私は一年を要したのだった( ̄∇ ̄)☆





ひーひースピ修行

劇的ブロークンハート時


恋とともに、

あたいの夢も叶うんじゃね? 

とあわよくばな妄想と期待が裏切られ


今まで掲げてた信念も指針も


ぜんぶ✖︎でしたー!!


って言われたような無力感に襲われた。


あたしって一体?と


ずっと読んでた自己啓発本やスピリチュアル本に答えを求め


色んな作家の人の講演会ににいったりした。


虚ろげな自分ながら、


「もうこんな思いはしたくない!」


との思いはかなり高まっており


『心のブロックや過去のトラウマが願い事成就の妨げになってる場合が多いんですよ』


っていう見解に、


「はっ!もしかして、なんかうまいこといかなかった恋愛やどっかでブレーキかけてるような心とか生きにくさが解決したら、色んなこと叶うかも」


一筋の光明を見出し、個別カウンセリングうけることにした。


初カウンセリング前。


メールが来ており

【問題と思っていること、これからの願いは何ですか?】とのこと。


うんうん悩みながら書き出した。


人間心理は面白いもんで


一回失った恋愛のことは、触れられたくない傷っていうか


もう触れずに、とにかく楽になりたいっていうか


立派に夢叶えて、相手なんかどーでもいいってなる!と


自転車操業なお金のこと、なんか大きいガツンとしたことしたいっていうような夢とか自分の遠慮グセとか罪悪感など書いて返信した。


初回カウンセリングは
遠慮グセの原因とか、過去のトラウマ的なものが探しだされ、進んだ。

『だったら本格的に願い叶えよう!』と6回コースを勧められた。


迷っている私に、


『もうすぐ決めないと、ドンドン願い叶えられなくなるから、決めるなら一週間ぐらいで決断して』

と言われ、


帰り道、自動改札でどんどん人が先に通っていったりする景色を眺めながら


「誰かに追い抜かれたりするのは、沢山、もう決めるゾ!」


とドリームプロジェクトと名を打った約半年のレッスン開始。

ここから、あたいのスピ修行が始まった。


事前に書いた願いを元に、一回一回のカウンセリング受けたり、行動課題を出されて次回までにやってくる、願望成就のための知識や土台づくりのテキスト配られ、自習も言い渡された。


そんなあたしの毎回レッスンに行くときの思いはこうだ!  

 ↓↓↓


★あー先生めっちゃこわい

★カウンセリングって今度何つつかれんだろ?

★っていうかテキストいつどーやって進めていいか分からん、、

★行動課題ってやってはみたものの、全然合わないかも、、めっちゃキツいぃ( ;∀;)

★そもそも先生ほんとにあたしの為を思ってるのかな?あたしの話聞いてくれてない気もする

★なんかデカイ夢書いちゃったけど、今更変更とか見直しは、無しか?!


など。


しかし毎回何か怒られてるような気分の中、『とにかく実践あるのみ。結果だすのよぉ!』と叱咤激励を受け、


笑顔、ハッピーな波動、自覚してないトラウマの解消、前向きな行動、願いを堂々と表に出す、、など課題をこなしてみる。


ハ、ハードゥ。。


テキストも、どーしたもんか分からず、チラっと開いて1項目目しか進んでないことを3回目のレッスンで言ったら、激烈大目玉な怒りをくらった。


ただでさえ、先生の威圧感に押されていた私は、その後の優しいフォローも、また怒られるんじゃ?!と

ビクビクビックルな状態になってしまった。


それでも「とにかく抜け出す!」という意志(意地?)の下 


ガンバってレッスン以外にも先生のセミナー受けてみたり、

なるべく笑顔を絶やさずに気品高く

いいイメージを持ってみたり(もう成功者のイメージ♪)、

自分をアピールするべくフェイスブック始めてみた。


やってることは間違ってない、

と思っていた。


でもやっぱり正直な思い(つらい、ウソくさいって感じる、そもそも先生と生徒って絶対的な服従関係なのか?)があった。


…いやいや、それ言ったらシャレにならん!

と先生の怒りを恐れ、何かしがみつく感じもあり、

静かに言われた通り従った。


根っからのアマノジャクな心や


まだ行動はこわいのよォオっていう本音が


置き去りのまま


先生を満足させるいい結果(何か評価されるとか、何かいいことあったとか)を出すことが、いつの間にか当面の目的に変わっていっていた。(ありゃ)


実際に毎回報告するときも、何らかのいい事を見つけて言っていて(おふっ)

半年後のレッスン最後のとき、


『今が変わりどき!このまま戻ったらもったいないから延長しなさいよ。いまなら、受けただけで◯◯の資格もつけるから★』


と言われ


精も魂もドリームプロジェクトのローンもお支払い中でお金もギリギリなあたしは、何とか正直に


「お金払うのもキツくて、自分でがんばってみます(^^;)」←自転車操業変わっとらんやん、爆


と断わった。


『自己評価が低いのね(だからお金がカツカツ)。もったない。まあこれからも私とつながってなんかチャンスつかみなさい』


との言葉をもらい、


少しの解放感と、

結局終わらせられなかったテキストへの罪悪感や

何かしらの結果や解決が見出せなかったことへの挫折感

何だったっんだろ?と、消化しきれない気持ちのままレッスンを終えた。


実際、レッスンで成果を出す人もいるようだ。(セミナーは盛況で体験談を見たりした)


ものすごい法外な料金な訳ではないと思う。(明確な料金表じゃなくて、言い値?みたいな疑問はあり)


服従関係?!って自分を追い込まず、先生にフツーに疑問ぶつけてみることも出来たかなと思う。

(↑ここにはあたいの思い込みも隠されてた)


ただ、焦って、自分じゃないものになろうとしたり


いま現在の気持ちから離れてるものを無理に手に入れようとしたりは


得てして上手くいかないってことを知るきっかけとなった。


闇から抜け出すべく、奮闘した結果、また深い闇に足を踏み入れたあたいの運命よ如何に。


また次回、よろしくね。



3人でする恋愛

わたしは少女漫画が好きだ。


そんでもって韓流ときめきドラマが好きだ。


10代、20代、30代と響く世界観とか雰囲気は変われども、ちょっと前に気づいた、大好きな設定がある。


それが、、


ブサイクだったり

ビンボーだったり

奥手だったり

苦労してたり

そんな女の子や女子や女性が


なんだか

色々邪魔されながら

時にめっちゃ恵まれた女子に阻まれながら

苦労は報われ

最終的に

恋を

愛を

勝ちとる〜

ってな展開のもの。


って、コトバにできたとき、

われながら笑い、ガフーん!ってなった。


あたしはどーにも垢抜けない女子のシンデレラストーリーがダイスキ!だ。恥


実はちょっと前にこれは運命なんじゃ!?ってな相手が

お付き合いしていた彼女と結婚し、


あたいはブロークンハートをしていて、


20代には


なんかどうも心惹かれる!って思った年上の先輩には

彼女がいて、別れる寸前(と聞いていて、真相は知らんケド)で、

私から色々連絡とって、バレンタインプリン渡したりとイソイソしていたところ、

実は同僚の女の子もその人好きだったことが判明し、

あとでその子から

「好きなんでしょ?」

と言われて

肝を冷やした。


そんでどちらの時も

自分が動いたばっかりに

なんか意図せず運命のスイッチ押してしまったかも?!

と後から、う〜んと唸った。


ほ〜これはパターンだな!

と一番最近のブロークンハートの傷修復中に掘り下げにかかった。


心理学とか

引き寄せとか

自己啓発系の本も好きで沢山よんでいるのだけど、

自分の現実パターンは

自分の味わいたくない感情や初期設定の反映とあって、


この考え方で

あたしの味わいたくない感情はなんじゃろ?

またあたしが決めてる設定はなんじゃろ?

と見てみた。


ヒロインでいられる身分=なんかハンデを抱えて健気な感じという図式の中、


簡単に幸せになってたまるか!

幸せになったら奪われてまう!


という設定&謎のど根性が私にあるように感じた。


今まで漫画やドラマを、そのど根性ヒロインの視点だけから見ていたけど、


もーあり得ん!むかつく!と

被害者意識で腹を立てていたスタイル良し女子への自分の反応とか


友だちや身近な誰かと一緒に「むかつくね!」と言い合うときも


ちょっと面白く、

まーでも、、とどっか俯瞰で見たり

と 少し視点が広がったような気がする。


ブロークンハート時は

ものすごく惨めな気持ちにもなったけど、

自分の好きなスタイル、隠れた価値観に気づけて、底から見直すことにつながって、


その時は、自分なりにベストを尽くして

なんだかそれが逆スイッチになって苦しんだけど、

あたしも一生懸命に恋愛してた一人だった。


形として映るのは、2人だけど、3人でした恋愛だったと思う。


最後のなんじゃこりゃ!

ってな展開で

もーいやー!

と自分や相手を責めまくったけど

どーしても特別な身分になりたかった私を許して、それを認めた自分を褒めよう。えっへん。


そして私のど根性初期設定については

ちょっと痛いけど引き続き観察してみようと思う。


おわり。